『東日本大震災』災害復興支援活動について

2011年3月11日(金)に発生した三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震により、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。


今回の震災では、私たちの日立市も被災地に入っておりますが、ライフラインも復旧し、通常の営業活動に戻りつつあります。

ライフラインが復旧する間、看板屋として、被災された地域への手助けが出来ないものかと思い悩みました。

今回被災地域が広範囲なので、個別で支援活動をしているループが沢山出来ました。そのグループ同士を結びつなぐサイトを作りたくなりました。

単なるリンク集ですが、こんなにも地元で、歯を食いしばって、頑張っている方々が沢山います。

ひとりじゃありません。

一つ一つみんなで、地元を愛し、前を向いて進んで行きましょう。

ひとつになって、前よりいい日本にしていきましょう。


当店の災害復興支援活動について

株式会社増子看板店では、一日も早い復旧復興支援のためピアノ看板・マグネット看板などのご注文1件につき300円を義援金として日本赤十字社などを通じて東日本大震災の義援金として寄付いたします。一年にわたってやり続けることを誓います。


東日本大震災復興支援サイト「日本の結い」のお知らせ

 東北関東大震災からの復興・復活を願い、協力し合う相互扶助の精神の「結い」からロゴマークを作り、それを印刷したステッカーやうちわを販売し、その一部を義援金として寄付するサイトを立ち上げました。内容を読んでいただき、ご賛同いただける方は、下記のサイトの「注文フォーム」よりご注文ください。また、ご賛同いただいた方のお名前・県名は、当サイトの義援金名簿にて掲載致します。 掲載不可の方は、掲載不可とお申し付け下さい。ご協力よろしくお願い申し上げます。



地震発生まじか

3月11日、助川中学校の近くの駐車場の看板を取り付けを終え、トラックに戻り、携帯電話で工事完了をクライアントに掛けていた。

トラックが揺れだした。エンジンを掛けたので、その揺れだと思っていた。

受話器先の社長様がお〜〜〜!地震だぁと叫びだし、後でまた掛け直しますねで切れた。

地震だと認識して見た風景の中の家は、右に左に、前に後ろに動き出しはじめた。

それは、地震の耐久実験の家のコマーシャルを見ているかのようだった。

その家の古いフェンスは、虫の羽のような振動音を鳴り響かせ始めた。その家から老夫妻が飛び出してきた。

トラックも、海に浮いている小舟のように揺すられて、出るにも出られず、その老夫妻に瓦が危ないとも言えなかった。一緒に乗っていたスタッフに電信柱が倒れてくるかもしれないかと、周りを注意しろとやっと、そんな指示を出した。

 

今までに体験した事のない地震に位置づけしたものの、こんな震災名がつくほどの地震だとは思いもしなかった。携帯電話で会社に掛けたが、もう繋がらなくなっていた。どこに掛けても繋がらなかった。

 

スタッフの実家のお蕎麦屋さんが近くなので、状況を把握するのに、向かった。信号の明かりが消えていた。それによって停電を知った。それでも、交差点では事故も起こらず、譲り合いながらスムーズに動いていので、スタッフと一緒に流石!日本人だなぁと感心していた。誇らしげに思っていた。

 

お蕎麦屋さんまでの途中、ブロック塀は倒れ、瓦が落ち、道路を狭くしていた。

お蕎麦屋さんに着やいなや、スタッフに自分の家の周りを見てこいと指示し、大した被害もなく、瓦が少しずれていただけでした。私が作ったお蕎麦屋さんの看板は壊れてはいなかった。

 

その時はまだきっと津波は東北を襲ってはいなかった。津波という言葉を聞いたのは、それから10分後の仕事場に戻る滑川あたりを走っている時でした。4mに及ぶ津波が来ます。海岸から高台に逃げて下さいと訴えている放送が流れていた。

それから、私にとっての震災が始まったように感じます。

 

 

 

 

 

 

震災中

お蕎麦屋さんから仕事場に帰り着ついた。女性スタッフが庭で小さく膝を抱え、包まっていた。

 

仕事場の家は外観上は何一つ亀裂もなく、無事でした。

しかし、室内は棚・机においてあったものすべてが床に転げ落ちていた。

ガンダムのフィギィアの足首が綺麗に折れていた。

落ちずに踏ん張っていたのは、iMacと武蔵のフィギィアだけだった。

 

女性スタッフには、家に帰って、どんな状況かは見て、報告して下さいと帰した。

 

その日の夜からもうちに弟家族が避難して来た。

弟の新居は電化住宅にしたので、電気が止まったので、住めなくなり、私の家族との共同生活となった。

 

震災の翌日から三日後を綴ったブログは、こちら

その内容は、震災を楽しんでいるかのように描いていた。

 

ラジオから流れて来るニュースのみが情報源となった。

 

電気が途絶え、津波が三陸海岸の町々を襲ったニュースを知ったのは、ラジオからだった。

画像として、見たのは、翌日の号外の新聞でした。

津波と火災で家々がゴミのようになっていた。こんな表現をして、ごめんなさい。

動画としてみたのは。車の中のテレビで、4日後でした。

黒い波が、防波堤を飲み込み、そして、家々を軽々浮きあがらせ、一つ一つの飲み込んで行く。

こんな恐ろしいことが、200kmから300km先で起こっていたのだった。

 

約一週間が過ぎようとしていた。

電気も通じ、水も復旧し、家からは弟家族が去って、通常の生活に戻りつつあった。

iMacも、ネットも、携帯も復旧してきた。

 

今の自分が何か出来るかずっと考えていた。

浮かんだのは、復興ロゴマークを作って、ステッカーを配って、元気になってもらう事でした。

そして、今までの私と違ったのは、自分が作らず、多くの方々に考えてもらい、そこから

復興への共同参加を促したいという考え方でした。

 

2011年03月18日 17:02から動き出した。

 

 

東北関東大震災から復興・復活を願うロゴマーク

http://www.lancers.jp/work/detail/15168

 

 

■ 依頼の目的/概要
東北関東大震災からの復興・復活を願い、協力し合う相互扶助の精神の「結い」を
ロゴマークにしてもらいたい。
ステッカーやTシャツにして配りたいのです。

結いという概要
http://ja.wikipedia.org/wiki/結

Lancers会員の一人です。4回ほど提案しただけで、採用もされたことがない会員ですが、とても楽しく参加していました。

茨城県に住んでいまして、この東北関東大震災に被災しました。
まだ断水していますが、家にひびが少し入ったただけで、電気も復旧しているので
被災者と名乗るには、ほど遠い者です。
岩手県・宮城県・福島県の被災された方々のニュースを見ながら、何か出来ないかと悩んでいました。
この一週間、問っていったら、みんなで助け合って行こうという「結」ロゴマークのようなものが作くれないかと思い立ちました。

しかし、自分一人より、このLancers会員みんなで考えてもらったら、今回の依頼と
なりました。

是非、素晴らしい、みんなに伝わるロゴマークを作ってみて下さい。
よろしくお願い致します。

■ ロゴにしたい社名・店名・サイト名
NIPPON-YUI
日本の結い

■ ロゴに希望すること(雰囲気・色・イメージなど)
身につけたくなるロゴマーク。日本をイメージ出来る色。

復興・復活を願う想いが伝わる言葉でしたら、自由に付けてもかまいません。

日本全体で使うなら、「頑張ろう!日本!!」
茨城県の方が使うなら、「がんばっぺ!茨城!!」
とにかく自由です。

■ 納品ファイルの希望

高解像度JPG形式/イラストレーター形式

■ 利用用途

ステッカー/看板・のぼり/Tシャツ/商標登録予定無

 

 

 

 

ご応募していただいた作品達 ありがとうございました。